FACTAA(幸本陽平事務所)~3つの力とT思考で中小企業の社員育成を支援

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成果を時間で評価してはいけない

今回のタイトルから、

「従業員の労働時間の長さでその人を評価するのはよくない、という話だな」

と思われたかもしれませんが、そうではありません。
(まったく無関係でもないですが)

私は研修で、グループワークの時間を取ることがあります。

時間をかければかけるほどダメな企画に!?

「一時間で◯◯の企画を考えてください」というワークを行ったとします。

すると、ある「傾向」があることがわかりました。

たいていのグループは試行錯誤しつつも、だいたい10-20分で、私から見て「いい企画」が出てきます。私が「おっ、これはなかなかいい企画だな。あとはこれをもうちょっと肉付けするだけだな。1時間もいらなかったかな」と毎回のように思います。

しかし、ここからが毎回起こる問題です。

私がすごくいいと思う企画が出たにも関わらず、そのグループは他の案を考え続けます。

もちろん考え続けること自体はいいことですし、もっといい案が出るかもしれません。

しかし、考え続けた結果、最初のいい案を捨ててしまい、結局「何が言いたいかよくわからないあいまいな案」を結論として採用してしまうのです。

例として「カフェを企画する」だとしたら、

10分後の段階:「海中のカフェ」「飛行機の機内を再現したカフェ」「10分に1回驚かされるお化け屋敷カフェ」

1時間後の発表:「みんながくつろげるコミュニティカフェ

これくらい、カドが取れたつまらないものになってしまうのです。
(10分後の例も今思い付きで考えたものなので、いい企画かと言われると反論できないのですが)

10分でせっかく面白い案が出たのに、1時間後にはつまらない案になってしまう。

これだったら、はっきり言って50分はムダです。いや、ムダどころかマイナスです。

長時間やる=良いこと、という刷り込み

なぜ、このようなことが起こってしまうのでしょうか。

一つは「より時間をかけた方が良い」という私たちの思い込みです。刷り込み、と言ってもよいでしょう。

たとえば学生で「1時間勉強した人」と「2時間勉強した人」がいたら、どちらを評価しますか?

普通はより長い時間を勉強した人、すなわち2時間勉強した人ですよね。

ところが、この両者は同じ内容の宿題をやっていたとしたら?

「能力として」スゴいのはより短い1時間で終わらせた人のはずです。

ところが私たちは「長時間がんばること=よいこと」という思い込みがあります。しかし、企画のようなものは長時間がんばれば良いものができるとは限りません。

でもこれだけならば、「長時間考えたけど、よい企画は出なかった」とそれを捨てればいいように思えます。でもできない。それはなぜでしょうか。

決められないと、ずるずる考える

もう一つの問題は、「決める人がいない」ということです。

グループワークのような場では、上司と部下の関係ではないですし、お互いの関係性が明確ではありません。そのため、「じゃあ、この企画で行こう」と『決める』人がいません。

『決める』ことは責任が伴います。もしその企画がイマイチだったら、決めた人の責任になってしまいます。

そのため、良さそうな企画であっても、ずるずると考え続け、「あれ?結局何がしたいんだっけ?まあいいや、とりあえずみんなの意見の間を取った企画にしよう」と、「みんながくつろげるカフェ」といったあいまいな企画になってしまうのです。

「長く考えればいいアイデアが出るとは限らない」

「決めることが大事」

いずれも当たり前と言えば当たり前のことです。

しかし、たいていの人はこれが出来ません。特に他人と協働するグループワークだとなおさらです。

時間をかければかけるほど、企画やアイデアにとってはマイナスになることがあります。

そんなとき、スパッと「もうこれで行く!」と決断する勇気が必要です。

 

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